駒村清明堂五代目当主の駒村道廣さんは、線香職人であり経営者だ。今の時代、何が求められているのかということを、いつでも真剣に考えている。その答えを知らなければ、事業を継続していくことは出来ない。水車で線香を作り続けることには理由がある。愛する故郷を守るためになすべきこと…駒村さんにはその答えが分かっている。

水車が回るぐらいのスピードでたぶん心臓は動いている

恋瀬川という何ともロマンティックな名前を持つ清流のほとりに駒村清明堂はある。筑波山のふもと、自然に囲まれたこの地で百有余年。杉葉100%を使用し、水車の動力を使ってゆっくりと粉にする昔ながらの製法で、香り高い杉線香を作り続けてきた。

杉線香は元々、越後の農家の副業として農閑期に作られていた。江戸時代末期になると日光杉で知られる栃木県の今市地方にその製法が伝えられるようになった。駒村清明堂の初代は、新潟から栃木に出てきた線香職人だったが、良質な材料と豊かな水を求めて、現在のこの地に居を構えたと伝えられている。それが駒村清明堂の起源となった。

五代目当主である駒村道廣さんはこの地で生まれ、幼少期を過ごした。地元の高校を卒業後、東京の中央工学校へ進学、測量技術を学んだ。故郷へ戻り、土地家屋調査士の事務所に4年間勤めた後、誰に強制されるわけでもなく、家業である駒村清明堂を継いだ。水車が回るぐらいのスピードでたぶん心臓は動いている、と駒村さんは言う。東京から帰った時、見慣れていたはずの故郷の景色が違って見えたそうだ。「ここを訪れた人は一様に〝良い所ですね〟と言ってくれる。我々の先祖はみんなこういう場所に住んでいた。水車が回り続けられる世の中であってほしいですね」。駒村さんの想いを汲むように、今日も水車は回り続ける。

水路は水車の上まで延びていて直接水を落とす仕組みだ。線香の原料となる杉の粉を作るため、川の水を動力にして水車を回している。

雨の日は水量の調整で大忙し。
ダムの要領で水路へ引き込む水の量を調整する。