木象嵌 木のぬくもりと共に

巻頭特集 木のぬくもりと共に
木のぬくもりと共に 木象嵌師・野鳥彫刻家 内山春雄

日本屈指の木象嵌師として
世界的なバードカービング作家として
還暦を過ぎた今でも
たゆまぬ創作活動を続ける内山春雄氏。
2つの顔を持つ日本を代表する名工の
軌跡、新たな取り組みを追った。

「神業」と称される独自の技法「楽堂象嵌」

 サクラ、カキなど約50種類の天然の木材を使い、自然そのままの木目や色を最大限に活かしながら、繊細な技術で一つ一つ巧みに埋め込み、絵画のように仕上げる木象嵌。内山氏は日本を代表するバードカービングの第一人者として世に知られているが、本業はこの伝統技術の継承者だ。
 正倉院の宝物にもある程、木象嵌の歴史は古い。当時の象嵌の技法は、ノミや彫刻刀を使って色の異なる木を埋め込んだ「彫刻象嵌」だが、明治中期にドイツ製の糸鋸機械が輸入されたことで、切り抜いた板を使う「糸鋸象嵌」が始まった。
 まず、神奈川県の小田原で糸鋸を使う薄板を二枚重ねた象嵌が盛んとなり、その技法は東京、静岡、富山、岐阜と全国へ広がっていった。木象嵌は大きく2種類に分かれる、欄間など大型の一点作品に向く、木の厚みが一分(3.3ミリ)の「一分象嵌(薄板象嵌)」と、特殊なセンガンナで削り、一作品から複数枚を作ることが出来る「セン象嵌(ズク象嵌)」がある。セン象嵌の技法は「傾斜挽き」が一般的だが、内山氏は中でも最も難しいとされる「一枚挽き」という技法で「楽堂象嵌」を確立。2007年に千葉県伝統的工芸品の指定も受けた名工の一人だ。
 その原点は、木象嵌師である父の工房。幼い頃から職人が使うカンナや木地で遊ぶ環境にあった。しかし、氏は医師より余命幾ばくと言われ、小学生時代の大半は病床から天井の木目を見つめ、外で子供がはしゃぐ声にひたすら想像を巡らせる日々を送った。「そんな経験があったせいか、人の話も本も出だしだけは聞いたり読んだりしているんだけど、途中からもっと面白い事が頭の中にどんどん浮かんで来るようになっちゃったの。それが今となっては作品作りに良かったのかもしれないね」。
 「美術や工作だけは授業に着いていけた」中学時代に木象嵌師への道を決断し、働きながら夜間高校に通った後、富山木象嵌師の中島杢石氏に師事。神奈川県小田原市で商業的な象嵌が作られていると知ると、カバン一つで移り住み、高級象嵌販売店の職人として制作に没頭した。その緻密で精巧な独自の製作技法は当時から「神業」と絶賛された。1978年には「箱根細工木象嵌技能士」に認定され、翌年は県知事賞を受賞。わずか数年程で職人として地位を得て、念願の元浅草で工房をかまえて独立を果たした。その後は三食全てオカラしか食べられない赤貧生活も経験。バードカービングでの栄光や社会貢献にスポットライトが当たった紆余曲折の作家生活を送ってきた。
 だが3年前に迎えた還暦を機に、原点に戻りつつある。巨匠は衰えることなく、新たな創作意欲に燃えている。
 「六十の時に『俺は木象嵌師だったんじゃないか!』って思い返したのよ。弟子もいないし、日本に木象嵌師もほとんどいない現状だけれど、俺は技術的にも充実しているし、体力的にも大丈夫な年齢だしね。今度はこれを商売として成功させたいね」。

木象嵌

木象嵌

 

自ら改造したドイツ製の糸鋸は、赤い龍の装飾が施されていることから、通称「レッドドラゴン」。木屑を外に飛ばすために0.3mmの鋸の歯も一定間隔で削ぎ落としてカスタマイズする。木材は20年程枯らしてから使用するため、現在使うのは「父親が集めたものばかり」。匠の技と審美眼によって生まれた、全て世界に一つだけの貴重な作品となる。

 

鳥や写楽をモチーフにしたスマートフォンカバーなど新たな作品も製作中。自身の雅号にちなんだ「楽堂象嵌」は五分五厘(17mm)の厚さの板で象嵌し、全ての木片が垂直に埋め込まれ、接着剤で固定される。その種板を「センガンナ」と呼ばれる特殊な道具で80〜100枚にスライスする。一見、同じ図柄となるが、木目は一枚一枚微妙に異なる。天然素材のため色褪せることも少なく、湿度による変形はほとんどない。年数が経つにつれて深みが増す作品だ。